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最高裁判所第三小法廷 昭和48年(オ)896号 判決

上告人 国

訴訟代理人 貞家克己 岩佐善己 高橋欣一 中井宗敏

被上告人 松野宣文

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人貞家克巳、同岩佐善巳、同高橋欣一、同中井宗敏の上告理由について

公の営造物の設置又は管理に瑕疵があるため国又は公共団体が国家賠償法二条一項の規定によつて責任を負う場合につき、同法三条一項が、同法二条一項と相まつて、当該営造物の設置もしくは管理にあたる者とその設置もしくは管理の費用の負担者とが異なるときは、その双方が損害賠償の責に任ずべきであるとしているのは、もしそのいずれかのみが損害賠償の責任を負うとしたとすれば、被害者たる国民が、そのいずれに賠償責任を求めるべきであるかを必らずしも明確にしえないため、賠償の責に任ずべき者の選択に困難をきたすことがありうるので、対外的には右双方に損害賠償の責任を負わせることによつて右のような困難を除去しようとすることにあるのみでなく、危険責任の法理に基づく同法二条の責任につき、同一の法理に立つて、被害者の救済を全からしめようとするためでもあるから、同法三条一項所定の設置費用の負担者には、当該営造物の設置費用につき法律上負担義務を負う者のほか、この者と同等もしくはこれに近い設置費用を負担し、実質的にはこの者と当該営造物による事業を共同して執行していると認められる者であつて、当該営造物の瑕疵による危険を効果的に防止しうる者も含まれると解すべきでありしたがつて、公の営造物の設置者に対してその費用を単に贈与したに過ぎない者は同項所定の設置費用の負担者に含まれるものではないが、法律の規定上当該営造物の設置をなしうることが認められている国が、自らこれを設置するにかえて、特定の地方公共団体に対しその設置を認めたうえ、右営造物の設置費用につき当該地方公共団体の負担額と同等もしくはこれに近い経済的な補助を供与する反面、右地方公共団体に対し法律上当該営造物につき危険防止の措置を請求しうる立場にあるときには、国は、同項所定の設置費用の負担者に含まれるものというべきであり、右の補助が地方財政法一六条所定の補助金の交付に該当するものであることは、直ちに右の理を左右するものではないと解すべきである。

ところで、自然公園法二五条によれば、地方公共団体が国立公園事業を執行する場合、その執行費用は、この地方公共団体が負担すべきものとされているが、同法一四条一項及び二項によれば、上告人が国立公園事業を執行すべきものとされ、地方公共団体は、上告人から承認を受けてその一部の執行をなしうるに止まり、また、同法二六条によれば、国が地方公共団体に対し執行費用の一部を補助することができる旨定められているのである。そして、この補助金交付の趣旨・目的は、上告人が、執行すべきものとされている国立公園事業につき、一般的に地方公共団体に対しその一部の執行を勧奨し、自然公園法の見地から助成の目的たりうると認められる国立公園事業の一部につき、その執行を予定し又は執行している地方公共団体と補助金交付契約を締結し、これを通じて右地方公共団体に対し、その執行を義務づけ、かつ、その執行が国立公園事業としての一定水準に適合すべきものであることの義務を課するとともに(なお、明治三十年法律第三十七号「国庫ヨリ補助スル公共団体ノ事業二関スル法律」第一条参照)、当該事業の実施によつて地方公共団体が被る財政的な負担の軽減をはかることにあるのであり、右の国立公園事業としての一定の水準には、国立公園事業が国民の利用する道路、施設等に関するものであるときには、その利用者の事故防止に資するに足るものであることが含まれるべきであることは明らかである。そして、原審が適法に確定したところによれば、己上告人は、同法一四条二項により三重県に対し、国立公園に関する公園事業の一部の執行として本件かけ橋を含む本件周回路の設置を承認し、その際設置費用の半額に相当する補助金を交付し、その後の改修にも度々相当の補助金の交付を続け、上告人の本件周回路に関する設置費用の負担の割合は二分の一近くにも達しているというのであるから、上告人は、国家賠償法三条一項の適用に関しては、本件周回路の設置費用の負担者というべきである。したがつて、これと同趣旨の原審の判断は、正当として是認することができる。

所論は、右と異なる見解に立つて原判決を非難するか、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官高辻正己の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官高辻正己の反対意見は、次のとおりである。

本件での問題は、公の営造物の設置者である地方公共団体に対しその営造物の設置に要する経費について補助金を交付した国が、国家賠償法三条一項にいわゆる「公の営造物の設置……の費用を負担する者」に当たるかどうか、という点である。この点について、私は、多数意見の見解に同調することができず、論旨は、結局、理由があり、原判決は破棄を免れず、被上告人の上告人に対する本訴請求は棄却すべきものと考える。以下、その理由を述べる。

一  国家賠償法三条一項は、国又は地方公共団体が公の営造物の設置の瑕疵に基づく損害の賠償責任を負う場合において、その設置者と設置「費用を負担する者」とが異なるとき、「費用を負担する者」もまた右の責任を負う旨を定めている。そして、「費用を負担する者」が具体的な場合において何者であるかは、それについて、以下に述べるように、組織法的な制度の定めがある以上、その定めるところに照らして判断すべきものと解するのが、相当である。

国の財政と地方公共団体の財政との関係に関し、地方財政法は、事務の執行責任と経費の負担責任との一致を建前に、事務の執行に要する経費は、国が執行の責めに任ずべきものについては国が、地方公共団体が執行の責めに任ずべきものについては地方公共団体が、それぞれ、負担するとの基本原則を定めるとともに、その例外の場合を限定的に定め(九条ないし一〇条の四、一七条、一七条の二・一項)、もつて、国と地方公共団体の事務の執行に要する経費の負担区分を明らかにし、他方、この負担区分とは別に、特別の必要がある特定の場合に限り、国が地方公共団体に対して補助金を交付することができる旨を定めている(一六条)。このような地方財政法の定めに徴すると、同法において「負担」というのは、単に経費の全部又は一部の費用を支弁するという事実上のことを意味するのではなく、当該事務の執行に要する経費を自己の財源をもつてまかなう責めに任ずることを意味するものであり、他方、同法が補助金の交付としていう「補助」とは、当該事務の執行に要する経費の当該部分につき、自己の財源をもつてまかなう責めに任ずる立場にあるわけではない者が、そのような立場にある者に対し、当該経費の支出に当てるための金額を給付することを意味するものであることが、明らかである。

ところで、自然公園法は、国立公園に関する公園事業は、国が執行するものとしているが(一四条一項)、国の執行にまつだけでは右事業の完成を期することが困難であることにかんがみ、地方公共団体もまた、主務官庁の承認を受けて、国立公園に関する公園事業の一部を、自らの事業として、執行することができる途を開き(同条二項)、同時に、公園事業の執行に要する費用は、一律に国の負担とすることなく、その公園事業を執行する地方公共団体の負担とすることとし(二五条)、国は、都道府県が公園事業を執行する場合、当該都道府県に対して、その公園事業の執行に要する費用の一部を補助することができものとしている(二六条)。地方公共団体が主務官庁の承認を受けて公園事業の一部の執行者となつた場合に、その執行に要する費用を、国の負担とすることなく、地方公共団体の負担とすることは、地方財政法に定められている国と地方公共団体との事務の執行に要する経費の負担区分にもとるところはなく、もしそれが右の負担区分にもとるというのであれば、右の場合にされる国の「補助」は、その実体において、地方財政法にいわゆる「負担」であると解すべき余地がないとはいえないが、それが右の負担区分にもとるものでない以上、右の国の「補助」は、やはり、地方財政法が補助金の交付としていう「補助」と意味を一にするものであり、その実体において同法にいわゆる「負担」を意味するものと解すべき余地はないのである。

以上によつて本件をみると、原審の確定するところによれば、「本件周回路は、三重県が自然公園法一四条二項により、厚生大臣の承認を受けて国立公園に関する公園事業の一部の執行として設置したものである」というのであるから、本件の場合、自然公園法の前記規定に照らせば、右事業の執行者は、三重県であつて国ではなく、その費用は、三重県の「負担」とされるものであつて国の「負担」とされるものではないことが、明らかである。すなわち、本件周回路の設置費用の負担者は、三重県であつて国ではないということになり、国家賠償法の定めるところによれば、そのような国が同法上の損害賠償責任を負うべき地位に立つことはないのである。そして、本件周回路につき、三重県が設置者であると同時に設置費用の負担者であつて、三重県のほかに費用負担者がいないということになつても、それは、公の営造物の設置者と設置費用の負担者とが異なることのない一般の場合と別に変わりがないのであつて、本件の場合、国もまた費用負担者となるように解さなければ、一般の場合に比し、被害者の権利保護に欠けることになるということはなく、本件において、特に、前述の制度的な意味における「補助」と「負担」の区別を無視し、実定法の体系を顧みない解釈を施してまで、被害者の権利保護を図らなければならないとする理由があろうとは、考えられないのである。

二  私が多数意見の見解に同調することができない理由としては、なお、多数意見の見解そのものの合理性に疑わしいものがあることを挙げておかなければならない。

多数意見は、危険責任の法理を論拠とし、被害者の救済を全からしめる見地において、当該営造物の設置費用につき補助金を交付する着であつても、その補助金の額が費用負担者の負担する額と同等もしくはこれに近いものである等一定の基準に該当するものである場合には、その者もまた国家賠償法三条一項所定の設置費用の負担者に含まれるとするのであるが、右の基準は、その内容にあいまいなものがあることを免れず、また、それが、設置者とは別に国家賠償法上の責任を負うべき地位に立つにつき、設置費用の負担者については負担金の額の多少を問題とすることはないのに、補助金の交付者についてはその額の多少を問題とする点について、理由とするところが明らかでなく、その合理性に疑問が残る。

なおまた、多数意見によると、国が、公の営造物の設置者たる地方公共団体とともに、国家賠償法上の責任を負うべき地位に立つか否かが、当該地方公共団体の申請に対し、補助金を交付するか否かによつて、また、交付することにする場合には、その額を多くするか少なくするかによつて、左右されることになり、国がそのような地位に立たないでいるためには、当該地方公共団体の申請に対し、補助金を交付しないか、交付するにしてもその額を少なくすればよいことになるのであつて、そのような意味をも含む多数意見が理に即したものとみられるかどうか、疑わしいといわなければならない。

(裁判官 高辻正己 関根小郷 天野武一 坂本吉勝 江里口清雄)

上告理由

原判決には、国家賠償法(以下、国賠法という。)三条一項の解釈を誤つた違法ないし理由不備の違法がある。

一 原判決は、まず一般論として「国家賠償法が憲法一七条の被害者救済の精神をうけて公の営造物の設置管理の責任の所在を明らかにしようとする趣旨、およびこれについて民法七一七条但書のような占有者免責の規定を置いていないことを考慮に入れると、本件においても、国あるいは市が、自然公園法上の執行者たる県と並んで、右公園事業と密接な結び付きを持つと認められる場合には、被害者に対する関係においては、国あるいは市も国家賠償法上の責任を負う」と述べた後(一六丁裏ないし一七丁)、「国家賠償法三条の費用の負担の観念は、その名目に拘わらず、実質において判断すべきものである。」

(一九丁表)との観点から、「本件において右補助金支出の実体をみると、その様に設置の始めに支出しただけでなく、その後の改修にも度々相当の支出を続けており、国の費用負担の割合が二分の一近くにもなつていることなどを総合すれば、実質的には、元来国が執行すべき国立公園に関する公園事業を三重県に特許して執行させる代りに、補助金交付の名目で費用の一部を国が負担しているとみることができる」(一八丁裏)旨判示して、上告人国の本件損害賠償責任を肯定する。

原判決のいう右一般論の当否はともかく、原判決が、国賠法三条の費用負担の観念が必ずしも実定法上明記された費用の負担(河川法五九条以下、道路法四九条以下、港湾法四二条以下、海岸法二五条以下等)のみに限定されることなく、名目が補助金であつても、その交付が実質的にみて国賠法三条にいう費用の負担に当たる場合があり得るとする趣旨であるとすれば、その点について特に異論はない。

問題は右実質内容をどのようにとらえるべきかにある。

二 思うに、国賠法三条が公の営造物の管理者のほかに費用負担者をも損害賠償責任の主体としている実質的根拠は、費用負担者の負担する費用の中には不法行為による損害賠償として支出されるものも含まれると解すべき点に求められよう。そうだとすれば、費用負担者は常に不法行為責任を追求されることを前提にして管理曹用を支出すべきであるということになり、換言すれば、右費用の負担は、観念的には、かしのない公の営造物を維持するに足りる費用のそれであることが要求されているといわなければならない。

したがつて、単なる任意的、偶然的な費用の支出者は、公の営造物の完全な維持について恒常的に関係しているとはいえないのであつてへそのような支出者を国賠法三条の費用負担者と解することはできない。

すなわち、国賠法三条の費用負担者とは、当該営造物の設置・管理の費用の支出を義務づけられた者か、あるいは当該営造物の完全な維持についてそれと同視し得るような実質的関係にある者というべきであつて、このように解してはじめて、同法三条の責任の生ずる理由を理解することができるのである。

三 以上の観点に立つて、原判決の法解釈の誤りないし理由不備の違法を指摘すれば、次のとおりである。

1 本件周回路の改修費用の一部について国の交付した補助金(以下『本件補助金』という。)は、自然公園法二六条の規定に基づくものであり、右規定上明白なように、国は右補助金の交付を義務づけられてはいない(この点は、原判決も明言する。)。すなわち、国は公園事業の執行者からの補助金交付申請については、「予算の範囲内において」(同法二六条)、全国的な公園事業の整備促進の見地から、右申請を採択するかどうかを決定し、施設の改善等に要する費用の額のうち、環境庁長官(本件補助金交付当時は、厚生大臣)が定める種目及び算定基準に従つて算定した額の二分の一以内について補助するものである(自然公園法施行令二二条)。

補助金の語は多義的であるが、自然公園法二六条の補助金は、公園事業の執行者に対し財政援助ないし奨励の目的で交付するものであつて、それは地方財政法一六条の補助金に該当する。そして同条の補助金は、いわゆる国庫負担金(同法一〇条)、建設事業補助金(同法一〇条の二)、災害補助金(同法一〇条の三)、委託金(同法一〇条の四)などの広義の補助金と区別される狭義の補助金と呼ばれるものであり(俵静夫・地方自治法三六五頁参照。狭義の補助金の例として、ほかに道路法五六条、河川法六一条、港湾法四三条、都市公園法一九条、都市計画法八三条等がある。)、支出の義務性のない点において、その他の広義の補助金との差異があり、地方財政法一六条の補助金の交付が国賠法三条の費用の負担に当たらないことは、学説の承認するところでもある(注釈民法(19)四二七頁、今村成和・国家補償法一二〇頁。なお、神戸地裁昭和四六年一二月一四日判決・判例タイムズ二七四号一九二頁参照)。

このことは、前述のように、国賠法三条によつて費用負担者に損害賠償責任が認められている趣旨から考えて容易に首肯し得るところである。

2 原判決は、本件補助金は「元来国が執行すべき国立公園に関する公園事業を三重県に特許して執行させる代りに、補助金交付の名目で費用の一部を国が負担しているものとみることができる」旨判示するが、原判決が正当にも第一審判決の法解釈の誤りを指摘しているように、本件周回路の管理は公園事業の執行者である三重県が行うものであり、公園事業の執行に要する費用はその公園事業を執行する者が負担するものとされているのであつて(自然公園法二五条)、原判決のいう、国立公園に関する公園事業は「元来国が執行すべき」であるという意味を理解することは困難である。なるほど、国立公園の公園計画及び公園事業は国の決定するところであるが(自然公園法一二条)、その具体的執行者は自然公園法一四条に従つて定まるのであつて、従来上告人国が主張してきたように、このようにして定まつた執行者相互の関係は並列的であり、およそ公園事業の執行は元来国が行うべきであるとするのは、理由を欠くものといわなければならない。

これを実体に即してみても、現在公園事業の大部分は、国以外の地方公共団体ないし民間団体等によつて行われているのであつて、宿泊娯楽施設の類に関するものに至るまでの多様な公園事業(自然公園法施行令四条)のすべてを元来国が執行すべきであるといい得ないことは明らかであろう。

3 原判決は、また「本件において右補助金支出の実体をみると、その様に設置の始めに支出しただけでなく、その後の改修にも度々相当の支出を続けており、国の費用負担の割合が二分の一近くにもなつている」ことをもつて、本件補助金を国賠法三条の費用の負担と解する論拠としている。

しかし、自然公園法二六条の補助金の交付は、前記基準に従つて算定した額の二分の一以内で行われるものであるが、本件周回路について国が交付した補助金は、その改修費用として昭和二九年度及び昭和三三年度の二回にわたり交付した合計九〇万円未満にすぎない(原判決引用に係る第一審判決別表5及び10の欄参照。なお、10欄は昭和三四年となつているが、補助金交付の会計年度は昭和三三年である。)。

原判決は、その引用する第一審判決の別表2及び3の欄についても、国が費用を支出したものと認定しているが、三重県が本件公園事業の執行承認を受けたのは昭和二九年であるから、右支出が本件公園事業に対する補助金支出でないことは明らかであつて、原判決が右支出をもつて本件補助金の支出であると認定したのであれば、明白な事実誤認というほかはない。

以上の事実を前提にした場合、国が本件補助金を「設置の始めに支出しただけでなく、その後の改修にも度々相当の支出を続けており、国の費用負担の割合が二分の一近くにもなつている」との原判決の認定は、果たしていかなる事実を指すものであるか、これを理解することが困難である。

四 以上述べたところから明らかなように、まず本件補助金は、任意的なものであつて、義務的支出ではない。一方、国賠法三条の趣旨から推して、同条の費用の負担というためには、本件補助金の交付が義務的支出と同視しうるような実質的関係を備えたものでなければならない。したがつて、原判決の判示によつては、本件補助金が、国賠法三条の費用の負担に当たるとする理由を発見することはできないであつて、原判決には国賠法三条の解釈を誤つた違法ないし理由不備の違法があり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、速やかに破棄されるべきものと思料する。

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